独学のヒント

最適な勉強や独学方法はわかりませんが、独学の記録は残せます。独学を意識する人にとって、自分なりの独学を見つける些細なヒントになることを目指して、このブログを書きます。

ウィーンの思い出①

ウィーンの中心から南に、美しいバロック建築で有名なベルヴェデーレ宮殿がある。ウィーンに到着するまで知らなかったが、クリムトというウィーンを代表する画家の「接吻」が所蔵されているとインターネットで見つけ、訪れることにした。

 

宮殿の下宮から入り、「接吻」が展示されている上宮までは約500m、10分かけて歩いていく。宮殿内の二階に、「接吻」はあった。

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金箔を背景に、色鮮やかな花を咲かせた小さな丘の上では女性に向かって男性が接吻をしている。女性は瞳を閉じて、柔らかな表情で上を向いている。男性はこちらに背を向け女性を抱きかかえている。はかない幸せが感じられ、美しいと思ったものの、ネット記事にあるような感動は正直感じられなかった。周りの観光客が、絵を見るためというより写真を撮りに来たと言わんばかりにクリムトの「接吻」に群がり、パシャパシャとスマホの写真を撮っている様子に辟易したのもあるのだろう、本当の良さがわからずにその絵から立ち去ろうとすると、同じ展示室の一つの絵が目に入った。

 

「Portrait of the Artist's wife, Edith Schiele」。

 

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暗い背景に、これまた薄暗い影をまとった女性が、奇妙に椅子に座っている。その絵は、周りのクリムトの鮮やかな緑と花の風景画や、容姿端麗な女性を描くクリムトの作品とは雰囲気を異にし、異様な存在であった。画家の名前を一応確認し、次の部屋に行くと、同じ画家とすぐにでもわかる「Eduard Kosmack」という人物画が展示されている。やせ型の型をすぼめて座っている中年男性が、目をギラギラ尖らせてこちらを無言で制している。嫌でも伝わってくる憂鬱な感じが、このエゴン・シーレという名前を記憶させた。

 

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そして、その次の展示室に飾られている「死と乙女」を一目見て、シーレに興味を持たずにはいられなかった。死と乙女、これは間違いなくクリムトの「接吻」のイマージュであろうが、クリムトの「接吻」をシーレ風にかき上げたものだと思ってみると、なぜかクリムトの接吻をもう一度見たい衝動にかられた。急いで前の展示室まで戻り、再び「接吻」じっくり眺める。はじめて、クリムトの「接吻」は本当に美しいと感じた。二人は一瞬の幸福に身をゆだねている。しかし、私たちは経験上、そういった幸福が一生続かないと確信している。幸福の頂点は孤を描いた頂点で、その後には幸せの低減しかない。しかし、その絵画から伝わってくるのは、永遠の幸せである。というよりも、一瞬の幸せをうまく絵の中に押し込めたかのようななんとも言えない生々しい幸福を感じる。

 

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一方で、シーレの絵はまったく逆だ。永遠の死を、一つの会がの中に押し込めたようである。シーレのことは全く知らず、私の完全なる想像だと事前に断っておいくが、どうしてもその死は悲しみを表しているように感じずにはいられない。

 

感情は喜び、怒り、哀しみであれ、その先は均衡に行きつく。つまり、喜びや感動で感情が高ぶっても高ぶったまま持続する人はまれで、ほとんどの場合そのあとは気分の高まりがおさまる。感傷的な気分をいやすために悲しみはあるわけで、感情それ自体はメトロノームのように外から押されれば必ずもとに戻ろうと均衡を保とうとする。シーレの絵画から受ける印象は憂鬱や悲しみといった感情である。茶や黒の霞がかった全体は不調和な色が全体を埋めていて、そのくらい感情を表している。しかし、シーレの感情は、どうも均衡を目指していなようである。不調和な色調ではあるが、それが調和に向かうのではなく、”不調和特有の調和”がとれている。言うなれば、彼の描く憂鬱は、その先に雲の晴れるようなすっきりとした感情を求めているわけではなく、憂鬱それ自体を残している。シーレの憂鬱は安易な脱出を許さない凄みを見せている。

 

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しばらく彼の描いた「4本の木」を、ベンチに座りながら眺めていた。絵の上から筆でかきむしった跡が絵画の上に残っている。その臨場感は写真では残らないだろうなとぼんやり考えながら、隅から隅まで眺めていた。ベルヴェデーレ宮殿で出会ったシーレは、どうしても私の中のウィーンの雰囲気を形成してしまった。ウィーンを思い出そうとすると、シーレの「死と乙女」、「4本の木」の香りがしてくる。